ジャポニズム (2)
また、幕末近くになるまで、日本人は「影」を描くことなく、遠近感を表現していました。(まったく類例がない、という訳ではありませんが)
例えば、歌川広重 「名所江戸百景」のシリーズ。
影を描くことなく、色の濃淡(ぼかし)、色の違い、ズームアップによって
平面的な表現でありながら、遠近感を表現しています。
ゴッホが模写した『大はしあたけの夕立』と『亀戸梅屋敷』。
「あたけ」は急に降りだした雨を線で描き、
空、川、橋と画面を三分割することで遠近感を表現している。
「梅屋敷」は赤を背景にして、デフォルメされたねじ曲がった梅の木を手前に配し、
枝の間から向こう側を覗いているような気分にさせる。
生存中は生活が苦しくて、今でいう浮世絵の三枚続のはずれとか、
「えっ!こんなものを!?」というくらい、良くない状態の作品しか買えなかった
ゴッホですが、模写してしまうくらい浮世絵に感銘を受けたんですね。
それから『深川洲崎十万坪』。
空飛ぶ鷲が下界を見下ろしていますが、鳥目線で見た鳥瞰図かといえば
そうではない。
作者(画家)の目線、というか立ち位置が定まらないんです。
だからといってそれに違和感を覚えることはない。
絵巻物の時代から、俯瞰目線なんだけど正確な鳥瞰図ではない。
場所が変わったり時間が経過しているのなら雲でごまかしちゃえ!という
異時同図もへっちゃらなので、西洋人の考える絵画からするとかなり型破りですよね。